July.1941発行
THE CHIROPRACTOR Volume37-Number7
Lyle s.Sherman,DC,Ph.Cによる記事である。・・・紹介しよう。
スペシフィックであれ!
ライル・シャーマン。DC.Ph.C
この記事を書こうと思ったのはカイロプラクターの役割に於いて、病人を回復させることがなくて、カイロプラクティックの科学を非難したり、その適用に制限を加えたりするなら、そのカイロプラクター自身が自分の実際の仕事と手順に対して、もっと厳密に調べなおしてみようと言う気持ちを刺激することが出来ると、誠実に願ったからである。
私がパーマースクールで勉強を始めたとき、多くの人々が私たち学生の所にやって来て、そのスクールが採用しているプログラムを批判し、特に1人の人物(多分、B.J)にそのプログラムの責任をかぶせた。
彼らは判断を下すのに充分な能力を持たない。でもカイロプラクティックという比較的新しい科学に於いてさえ例外ではなく、新しいものは何でもその価値を認められずに最初は批判されるものである。
アトラス・アキシスをアジャストするだけという考えは、まともな考えではないので患者はそれに満足することは出来ないし、特に、この考えを表すことの裏側には何かとても悪意があるに違いないと言われた。これらの生徒は自分たちの信念に誠実であったが、彼らが勉強を実際始めていないのに、数人の新入生は上部頸椎をアジャストする考えに批判的であるばかりでなく、どのスクールにも取り上げられない他の些細なあまり重要でないものにまでも批判的であった。 ― それは学ぶものを困難なものにする。しかし中には、あれこれと方法に先入観を抱かずに、オープンな考えを保とうとした学生もいた。彼らは個人的に理解できる範囲で、肯定・否定の証拠を考え合わせて、自分自身の結論に到達していた。二人の上級生がある日私に詰め寄って、その全体的状況を非難し始めた。約2時間後に初めは私がその問題について両者共に同意出来ると言ったが、それから自分自身で考えさせてもらえるよう頼んだ。この二人のうち1人はすぐにスクールを辞めた。もう1人はスクールを去ってから考え方を変え、今日では最高のカイロプラクターの1人となっている。
1930年代の初め、B.Jによる進歩的なステップが今日の私たちのスペシフィック カイロプラクティックに向かって進められることになった。私が2年生の時に、とても優れた実践技術を得ることが出来て幸運であった。スクールの外部では制限されていた実践技術はここでは許されていたが、しかしもちろんスクールの支配下にあった。私はスクールで教えられたものを採用するという明確な方針を決め、全ての努力を実際にそれを使うことに集中した。
最初の患者からずっと、ニューロカロメーターリーディング、コンタクト、矯正の方向、与えられたアジャストメントの記録を続けた。時間をあけること、そして適正な事前の分析に対して協力的でない患者を拒否した。一旦患者のサービスを始めると、一貫して系統的な研究が患者の進行状態に応じて行われた。レントゲン写真はその当時の知識に応じて読まれ、そしてアジャストメントはそれに従って与えられた。圧迫のいくらかは満足に減少しなかったし、アジャスティングの矯正方向はその後にいろいろと変化した。― 患者によってはその方向の変化が少しのものもあったし、著しいものもあった。また患者の中にはまったく圧迫を取り除けないものもあった。私が困難に直面したこれら全ての患者を、問題症例ファイルに纏めた。
研究分野で進歩が見られるに連れて、その変化したアジャストメントに対する答えを見つけようとした。そして1つずつこれらの記録を回顧するにつれて、そのすべてではないが多くのものにおいて、その答えを見いだすという満足を得た。そのことによってより強い自信を上部頸椎の仕事に感じるようになり、自分の仕事が進歩していることを知った。3年ほど前にニューロカログラフを購入した。(ニューロカロメーターを記録するためのもの)その器具は私の記録をもっと正確にする。それによって脊椎の神経圧迫に現実に存在するものの読み違い・記録違いと言う人間の要素を取り除くことが出来る。この器具が厳密に評価を下すからである。もしレントゲン写真によるリスティングが正しく行われ、良いアジャストメントが与えられたなら、その器具はそれを表す。― もしその逆であれば、其れはまたその逆を表す。
私は仕事でアジャストによる変化を経験できなかった。そしてその器具は容赦なくそれを示した。それは本当にあなた達に現実をたたきつける。しかし唯一やるべき事がある。それは、その器具を捨て去って、実践主義だけを続ける。もし患者が回復しなかったら、そのことがカイロプラクティックではその患者を助けることが出来なかったという証拠になる。あるいはニューロカログラフを使い続け、自分のサービスを向上させるのに努力し続ける。そのように切り替えることは容昜である。アンダーパーであることを感じ始めると(自分が標準以下であると感じ始めると)、それはアジャスティング能力に影響を与える。― その器具はあなたに多くのことを教える。
私はニューロカログラフを使い続け、少なくともA-P画像・側面像のレントゲン写真をシャーカステンに置き、X-ray画像を研究し関節・構造の特殊性を見て接触点の位置決めをするというアジャストの前の手順に一貫して従うようにした。より細かくこの手順に従うほど、ニューロ・カロ・グラフではブレイク・リーディングがよりよく消失していく。今日もし正しく仕事をするなら、その圧迫はニューロ・カロ・グラフから消え去る。そして患者は回復することが知られている。神経圧迫を取り除くために正しいアジャストメントを与える以外に他に何もする必要がない。患者に患者自身の治癒力を信用させ、その事実を率直に伝えるようにしなさい、そうすれば患者はあなたの考えが正しいことを理解するので、あなたとその仕事について来てくれるであろう。
最近2年生の生徒の1人が、この話のことで私の所にやってきた。彼は医療にとても傾倒している若い人とかなり熱い議論を行った。そしてその人の問題のためには、カイロプラクティックの治療を受けてみるようにと説得した。この生徒は正しい全てのことを行いたいと思った。また自分の手順の正しさを明らかにしたいと思った。
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私はニューロカログラフを持ち込んで、時間の許す時に、この患者の治療を手伝うことにし、彼にその仕事をさせた。レントゲン写真が撮られ、研究され、リスティングが記録された。ニューロ・カロ・グラフ・リーディングが行われた(図1)アジャストメントは与えられなかった。次の日、もう一度私たちはリーディングを行った。(図2)私たちは通常2,3続けてニューロカログラフリーディングを行う。そしてそれらを比較する。その時一定姿勢のリーディングのためのユニットを使い、患者はその度に同じ一定の位置にセットされることが出来る。グラフは直接、互いが重なるように位置することがある。そして日によって程度の差があるにしても、その位置が同一のものである。毎日残るそれらのリーディングはそれを消去させるのにアジャストメントを必要とするものである。第2のPreチェックの後、その生徒は患者をアジャスティングポジションに置いてアジャストメントを行った。数分後Postチェックが行われた(図3)
私が特に気づいたのは、その生徒の仕事において、スペシフィックな方法でアジャストを行うために何も特別な努力がなされていなくて、単に棘突起を接触して、かなり広いコンタクトであるネイルポイント2で接触され、アジャストメントを与えられている。その圧迫は減少するが、2日後患者は戻ってきて、リーディングが行われ、そして私たちはアキシスで再び小さなブレイクを見つけた。(図4)
アジャストメントは与えられなかった。患者の報告によると、19年間存在していた症状が少し改善された。その患者は町から呼び出され、クリニックに戻ったときに再びリーディングが行われた。(図5)そして再びアキシスの所でのブレイクが大きくなっていた。患者はアジャストメントのために、アジャスティングテーブルにセットされた。
その学生は再びスペシフィックでない方法でコンタクトを始めた。しかしアキシスのコンタクトにおいて教えてもらった一般的な手順には従っていた。私は彼を制止して、シャーカステンにA-P像と側面像をセットした。そして彼がアジャストしようとしている構造の輪郭などを調べるように言った。そのリスティングはアキシスPLI(左回旋・右側屈制限)であった。下図2.この患者の側面像の透写図である。それと図1と3を比較すると、2つのことに気づかれるだろう。まず第一に、PIの矯正方向に応じて、注意深く棘突起にコンタクトすることと、そのコンタクトポイントを小さくすることが必要である。アキシスとC3はネイルポイント2でコンタクトされることは疑いない。図1と3では、ネイルポイント2でスペシフィックコンタクトすることは簡単である。
第二に、棘突起の構造と輪郭はそれぞれ大いに異なっているので、図1のPI矯正方向はアキシス椎体の水平線から約30度の角度であろう。図2においては下方変位のためだけの矯正方向になり、図3においては、後方変位のためだけの矯正方向になる。図2のPIに対する角度はおおよそ46度で、図3ではわずか10度ほどである。この時、その学生はネイルポイント1でスペシフィックコンタクトを行い、およそ46度の矯正方向のためのスタンスを取ってアジャストメントを与えた。(図6)
数分以内に、ほんの少し問題が現れた。この様なことは時々アジャストしてすぐ後で起こることがある。それは矯正への過程途中であると説明されるかもしれない。そのリーディングがクリアーでなくてもすぐに再びアジャストをし直してはならない。真のリーディングを明確に見るために、患者に15~30分間待たせるようにする。図7は圧迫が減少しているのを示している。これが患者が必要とした最後のアジャストメントであった。2ヶ月以上の間、図8,9,10,11,12は正確に与えられたそのアジャストメントの結果を示している。
私がこの人を見た最後の時に、以前の症状がほんの少し残っていたが、次第に改善していった。しかし、棘突起の輪郭は考慮されるべき唯一のものではない。アキシスのアジャスティングにおいて、頸椎の輪郭にはバリエーションがある。もし後弯が存在すればスタンスは少し変えられ、また前弯が存在してもそうである。もし正常からこれらのバリエーションを観察し始めるとアジャストメントを与える前に現実に存在しているものだけをいつも知りたいと思うだろう。1人の若いカイロプラクターが書いているのは、カイロプラクティック手順において、アジャストメントのための準備のために患者がテーブルに置かれた後に、正しい矯正方向を得るためにX-rayフィルムを研究することを彼はいつも平行して行った。
「その神経圧迫がもっと十分に消失し、より長くその状態が持続することが発見できた。そしてそれによって自分の技能に自信を深めることができ、いつアジャストすべきか、すべきでないかをニューロカロメーターが示していることにより深い信頼を得ることができた」とその生徒は言った。
もし私たちの一人一人がカイロプラクティック手順をもっと厳しく調べるならば、それによって私たち全員が矯正のための十分なものを見い出すことができ、私たちをより優れたカイロプラクターに変えていくことができると正直に信じている。
そのような人を止めることはできない。
私たちの友人のキリスト教の説教者は、先日こんな話をした。そしてそれ以来、私たちは、いつもそれについて考えさせられるようになった。
アイオア州のどこかの学校へ行きたいと思っていたが、今は牧師になるための準備をしている若者だった。
彼は、学識の無い農家の子供で、説教者であるための品格をあまり身につけていなかった。でも彼には、熱意と強い決心があった。彼は、舗装された道から3キロほど、離れた小さな片田舎の教会を任されたが、そこで教会への道が泥でぬかるむので数ヶ月間、礼拝がまったくおこなわれてなかった。この若者が説教をするため教壇にたった最初の日曜日に、農民たちに、こう語った。十分な説教をすることはできないが、礼拝を休むようなことはしないと。
礼拝の時刻には、彼は、いつも必ず教会にいた。少なくとも礼拝が必ずおこなわれるということが、農民たちに保証された。しかし、数週間後に教会の道は、ほとんど通行不可能になった。その若者は、自分の古い車を1.5キロほど、進む間に3度、泥のぬかるみにはめてしまった。ついに若者は、車をあきらめて教会まで畑を歩いて横切って行った。しかし、着いてみると誰もそこには居なかったし、教会には鍵がかけられ、火も熾ってなかった。彼は、教会を開け、火を熾し、鐘を鳴らすことに決めた。しかし、鐘を引くロープが無いことに気づいた。それで彼は、金の塔によじ登り、5分以上、鐘に付いている車軸を動かして鳴らした。そしてどうなったかを見ようと古い梯子段を降りた。窓の外が見える所へ行ってみると、作業着姿の一人の男が畑を横切って来るのを見つけた。20分後、聴衆の半分が集まり、礼拝が終わるまでには、ほとんど通常の人数が出席していた。恐らく、ある程度、年をとった者であれば、その教会のドアが閉まっているのを見ると礼拝をあきらめ、近所の農民の家に行って、そして座り込んで一緒に夕食を食べ「残念なことだが、国中こんな片田舎の教会は廃墟れていくんだ。」と、言うだろう。もし、近所の誰かが、それを成功させようと決心するなら・・・普通は、良いことならほとんど、すべての社会で成功するだろう。
-R.L.S- 「KVP哲学者」
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